那須川天心
プロフィール
| 国籍 | JP |
|---|---|
| 生年月日 | 1998-08-18 |
| 構え | サウスポー |
| 身長 | 165 cm |
| リーチ | 177 cm |
| 主戦階級 | バンタム級 |
| 所属ジム | 帝拳ボクシングジム |
バイオ
那須川天心は、1998年8月18日生まれ、千葉県松戸市出身のプロボクサーです。元キックボクサー、元総合格闘家として圧倒的な実績を残し、現在は帝拳ボクシングジム所属のボクサーとして活躍しています。弟の龍心もプロ格闘家として活動しており、格闘技一家として知られています。
那須川の格闘技人生は5歳で始めた極真空手からスタートしました。当初は「弱虫だった」という理由で父親から半ば強制的に始めさせられ、稽古から逃げ出すこともあったといいます。しかし父親による厳しい特訓が功を奏し、次第に頭角を現していきます。小学4年時の全国大会では、体重53kgの南原健太に対して30kgという圧倒的な体格差を覆し、体重判定で全国優勝を果たしました。小学5年時には極真空手ジュニア世界大会でも優勝を飾っています。この頃テレビでキックボクシングを見て憧れを抱き、「空手はやりきった」として転向を決意しました。
キックボクシングに転向後は、アマチュアで105戦99勝5敗1分37KOという驚異的な戦績を残します。KAMINARIMON、Bigbang、全世界アマチュアムエタイ選手権、藤原敏男杯など数々のタイトルを獲得し、「ジュニアのパウンド・フォー・パウンド最強」と称されました。中学卒業と同時に伊藤隆主宰のジム・TARGETに所属し、KOを奪う技術を磨きました。格闘技に専念するため、授業が午前中のみで終わる4年制の千葉県立松戸南高等学校に進学し、午後はプロ練習に打ち込む生活を送りました。
2014年7月、15歳でプロデビューを果たします。初戦でRISEバンタム級7位の有松朝を1回58秒でKO勝利すると、その後も快進撃を続けました。2015年5月にはRISEバンタム級王者・村越優汰に挑戦し、わずか2ラウンドでKO勝ちを収めて王座を獲得します。同年8月にはBLADE FC JAPAN CUP -55kgトーナメントで、1日3試合を全てKO勝ちで制覇するという離れ業を見せました。2016年3月にはISKAオリエンタルルール世界バンタム級王座を獲得し、世界チャンピオンの座に就きました。
2016年12月からはRIZINに参戦し、キックボクシングと総合格闘技の両方で活躍します。総合格闘技は未経験でしたが、初戦でニキータ・サプンに勝利すると、わずか2日後の大晦日にも出場を直訴して実現させ、カウイカ・オリージョにニンジャチョークで一本勝ちを収めました。2017年には才賀紀左衛門とのミックスルール、大晦日のRIZIN KICKワンナイトトーナメント優勝など、話題の試合を次々と成功させます。2018年5月のRIZIN.10では中村優作戦で胴回し回転蹴りによるKOを決め、この技は世界中のメディアで「神技」と称賛されました。
キックボクサーとしての那須川の戦績は特筆すべきものです。2018年6月には階級をフェザー級に上げ、初代RISE世界フェザー級王座決定戦でロッタン・ジットムアンノンと対戦し、延長戦の末に王座を獲得しました。同年9月には堀口恭司とのキックボクシングルールでの対戦で判定勝利を収めています。2019年にはさらに階級を上げてRISE WORLD SERIES 58kg世界トーナメントに参戦し、優勝を果たしました。
2018年12月31日には、プロボクシングの元世界5階級制覇王者フロイド・メイウェザー・ジュニアとボクシングルールのエキシビションマッチで対戦しました。体重差やルールの不利があり、生涯初のダウンを喫してTKO負けを喫しましたが、この試合は世界中の注目を集めました。那須川はこの経験を糧にさらなる成長を遂げていきます。
2021年4月、那須川は2022年3月の試合を最後にキックボクシングを引退してボクシングに転向することを発表しました。そして2022年6月19日、東京ドームで開催されたTHE MATCH 2022のメインイベントで、K-1 WORLD GPスーパー・フェザー級王者の武尊と対戦します。1回終了間際にカウンターの左フックでダウンを奪い、判定5-0で勝利を収めました。この試合はキックボクシング界最大の注目カードとなり、那須川は有終の美を飾りました。
2022年に帝拳ボクシングジムに入門し、2023年2月にプロテストに合格します。テストは後楽園ホールで行われ、100人近いメディアが駆けつける異例の注目度でした。同年4月8日、日本バンタム級4位の与那覇勇気とスーパーバンタム級6回戦でプロデビュー戦を行い、判定勝利を収めました。この勝利でOPBF東洋太平洋スーパーバンタム級8位、日本スーパーバンタム級7位にランクされます。
ボクサー転向後も順調に勝利を重ね、2023年9月にはメキシコ・バンタム級王者ルイス・グスマンに判定勝ちし、WBC世界スーパーバンタム級39位にランクインして初の世界ランク入りを果たしました。2024年1月にはWBA世界バンタム級14位のルイス・ロブレスとの対戦で、ボクシング転向後初のKO勝利を収めます。同年7月にはWBA世界バンタム級4位のジョナサン・ロドリゲスを3回TKOで下し、WBA世界バンタム級2位、WBC世界バンタム級3位にランクアップしました。
2024年10月14日、WBOアジア太平洋バンタム級王座決定戦でジェルウィン・アシロと対戦し、判定勝ちで王座を獲得します。ボクシング転向わずか5戦目での初タイトル獲得となりました。2025年2月には元WBO世界バンタム級王者ジェイソン・モロニーに判定勝利し、WBC世界バンタム級1位にランクインします。同年6月にはWBA世界バンタム級6位のビクター・サンティリャンにも判定勝ちを収めました。
2025年11月24日、WBC世界バンタム級王座決定戦でWBC世界同級2位の井上拓真と対戦しましたが、12回判定0-3で敗れ、世界王座獲得とはなりませんでした。これがボクシング8戦目、キックボクシング時代からの公式戦55戦目で初黒星となります。しかし那須川の挑戦は続き、2026年4月11日には両国国技館で元世界2階級制覇王者ファン・フランシスコ・エストラーダとWBC世界バンタム級挑戦者決定戦を行う予定です。
那須川の強さの秘密は、父親による徹底した英才教育にあります。父・弘幸は仕事をセーブしてほぼつきっきりで指導し、大会で優勝しても理想の動きができていなければ、帰宅後すぐに何時間でも反復練習をやらせるという厳しさでした。那須川自身も「父親のプレッシャーは本当にすごかった。タイトルマッチや大舞台のプレッシャーですら、父親のプレッシャーに比べると大したことないと感じてしまう」と語っています。中学時代には父親と岡本祐爾トレーナーとともにTEAM TEPPENを結成し、近所の体育館を週1回借りて練習を重ねました。
戦績の特徴として、那須川は圧倒的なスピードと正確性を誇ります。ディフェンスでは相手の拳ではなく肩の動きを見て攻撃を予測するという独自の技術を持っています。また対戦相手を事前に研究することはほぼなく、「研究しても試合でその通りに攻めてくるとは限らない。リング上で初めて分かることも多い」という哲学を持っています。三日月蹴り、胴回し回転蹴り、アクセルキックなど多彩な技を持ち、プロ2戦目では練習したことのなかった三日月蹴りを試合中に初めて蹴ってKO勝ちするという天才的な対応力も見せました。
格闘技界からの評価は非常に高く、UFCからは総合格闘技の練習を始めて半年に満たない段階で6万ドルという好待遇オファーを受けています。